お侍様 小劇場

    “もうひとかたの秋の空” (お侍 番外編 70)
 


台風一過でますますのこと弾みが着いたか、
朝晩の冷えようも本格的に秋のそれへと定着しつつあり。
朝一番の冴えた空気は、
なるほど寝起きには心地いいものの、
油断をすれば布団を蹴っての目覚めになったり、
汗を冷やして風邪を拾ったりしかねぬと。
気遣いするのがもはや天分の性になりつつある七郎次が、
家人への手厚い世話に殊の外 心を砕く頃合いとなった。
風呂上がりとはいえ いつまでも裸足でいちゃあいけないとか、
猫舌には難儀でしょうが、
そろそろ温かいものも飲むようになさいとか。
単なる注意へ…子供扱いにはならぬよう、
更なる心掛けを加味したお声掛け。
青い目許をはんなりとたわめ、嫋やかな笑みと共に寄越す君へ。
もうそれだけで十分な効果が出ておりますと言わんばかりの、
感謝と含羞みの甘さを載せて、
唯々諾々、いい子で従う次男坊なのがまた、
大おとなの家長殿の眸にも、何とも微笑ましくてならない構図であり。
晩秋のリビングにての団欒のひととき、
更けゆく宵の気配とともに、
しみじみと堪能してござったところへと、

 「勘兵衛様も。
  下ばきなしのズボン一枚でおいでなのなら、
  お膝に何か掛けてて下さいませ。」

え?と小首を傾げるのと同時、
ソファーに座していた彼のお膝へ、
ご親切にもブランケットを広げて下さる次男坊。
茶系のカシミア、タータンチェックも英国調の、
それは暖かそうなそれをふわりと広げ、そのままバサーッとのしかかり。
掛けて差し上げるというよりも…腿のところをしっかと巻き込み、
その場へ足止めしちゃるという勢いなのが、
ありありしている辺りは いっそのこと清々しいほど。

 “そうまでせずとも…。”

彼が二階の自室へ上がるまでは、
優しい母親を独占する権利、
むやみに侵すよな勘兵衛じゃあないというのにね。
ぐるんと一周させまではしなかった膝掛けを、
苦笑とともに緩ませた勘兵衛へ、
隠しようなく“む”としたよな視線を、
至近から飛ばして来た久蔵だったものの。

 「怒るな怒るな。」

延ばされて来た勘兵衛の大ぶりの手のひら、
ぽふぽふと金の綿毛を愛で撫でるのへは、
(いと)うての避けまではしないのもまた いつものことで。
骨太で重みのありそな頼もしい手は、
実を言うと、久蔵の側からもこっそりとお気に入り。
子供扱いに見えなくもないことだのに、
それを嫌がるお顔をしないの、

 “いいなぁ、勘兵衛様vv”

鬱陶しいと撥ね退けられたら、
いやさ、
久蔵殿を傷つけたらと思うと、
ついつい及び腰になってしまうよな、
この自分にはなかなか出来やしないこと。
懐ろ深い自負や自信あってのものなだけに、
そんな堂々とした構いつけが、
こちら、七郎次にとっては羨ましくてならないらしく。
金毛の仔猫をあやす様、うらやむ微苦笑を頬に浮かべつつ、
食後の団欒、会話をなお温めるためのもの、
お茶の支度にとキッチンへ運んだおっ母様だったりし。


  とはいえ、その一方ではといえば。

  「………………島田。」
  「?? なんだ?」


大人しく撫ぜられるままになっていたのへは、
もう一つほど事情があったらしい次男坊。
七郎次のなで肩がキッチンへと去ったの見計らい、
すぐの隣りに腰掛けたままだった勘兵衛へと、
わざわざのように向かい合う久蔵で。
その金の髪が七郎次よりも淡い色合いなのは、
まとまりが悪くてのふわふかした質のせいだろか。
寡黙な性
(たち)のその上に、
あまり他者への関心を持たぬ彼なれば、
物の言いようにも慣れがなく、
結果として要りような言葉が微妙に足りぬ。
よって、

 「どうして、放っておいた。」

色んなものが足りない言いようなのは、
もはやお約束なのかも知れぬ。
誰が誰の何を“放っておいた”と責めている久蔵なのか。
こうまで短いお言いようでは、
判れという方が無体なことよと、
渋面作ってしまいかねないところだが。

  そこはこちらも、
  一つ屋根の下に暮らす家人の一人

赤い双眸をちょっぴり眇めて、
父上を微妙に睨んでござるので、
これはきっと、七郎次にかかわりのあることに違いない。
自分のフォローだけでは足りなんだこと、
だからこそ、
勘兵衛へと詰
(なじ)るような言いようになっている彼であり、

 『どうして、放っておいた。』

あのくらい気づいてやらんでどうするか…という段階を、
小気味いいほど大きく素っ飛ばした訊きようなのは。
気づいてやれなんだのか?ではなく、
手を打ってはやれなんだのはどうしてだ?
という訊きように違いないとの目星くらいはつく。

 “儂が自分ほど繊細ではなかろうかも という選択肢はないのだな。”

コトが七郎次に関わるならば、
日頃のずぼらや大雑把を埋めて余りあるほどに、
よくよく気の回る久蔵なのと同じほど。
勘兵衛もまた、
七郎次の巡らせた防壁なぞ物ともせず、ちゃんと把握出来ていようと。
強引勝手な決めつけとしてではなく、肌合いで知っている次男坊。
それが証拠に、

 「隣家の事情にまで怯えておるなぞと、
  知られとうはなかろうに。」

やっぱり御存知だったのですね。
ほんの数日間ながら、
七郎次さんの様子が微妙におかしかったこと。
こちらさんも…当人へ聞こえてはまずいとの考慮からか、
手短に応じた勘兵衛へ、

 「シチは、人へ頼るのが下手だのにか?」

依然として鋭いままな視線で畳み掛ける久蔵だということは。
勘兵衛が気づいていながら放置していたこと、
そして…恐らくは、
自分では頼ってもらえぬを口惜しいと思ってのこと、
そんなかあいらしい感情も添加させての、更なる詰言であるのだろう。

 『お主こそが気づいてやって、
  お主がいたわってやらんでどうするか』

とってもとっても大切な人、
本当だったら人任せになぞしないで、
自分でいたわり癒してあげたい人。
でも、それは今はまだ叶わぬから、
ならばとの代替、彼でなければと見込んでいる勘兵衛なのに。
肝心な彼がうかーっとしていたのが、
久蔵にしてみれば
何とも歯痒いやら苛立たしいやら…というところか。
駄々を捏ねてるわけではないぞと、
赤い双眸尖らせて、むうと睨んでくる次男坊なのへ、

 「…ふむ。」

もっともらしくも感慨深げな声を出し、
顎にたくわえた剛の髭、手を延べ撫でて見せながら、
一応はと思案を巡らせているらしい勘兵衛だったが、

 「だがの、
  儂が気の利く庇いようをしたならば、
  七郎次は如何すると思う?」

 「?」

如何も何も、気遣いをしてやれと言うておるのにと、
怪訝そうに面食らう久蔵へ、
精悍にして男臭いお顔をほころばせた勘兵衛、

 「先程、七郎次が人へ頼るのは下手だと言うたのはお主だぞ?」
 「う…。」

その辺りは勘兵衛とて百も承知な七郎次の気性。
誰ぞの負担になるのを嫌っての性分であり、
それがためにか、案じられたり気遣われたりをされるのが苦手。
心遣いをちゃんとありがたいと感じつつも、
それと同時に…自分が至らぬからだろかと、
そんな風に受け取ってしまう、
そりゃあ困った性分を隠し持つ彼なればこそ、

 “その及び腰から、一体何年待たされたことか。”

そうでしたね、そういえば。
(苦笑)
そして、そんな蓄積があるからこそ、

 「隠しておるもの、だのに気づいたからと庇い立てなぞしては、
  却って引け目に感じてしまうやも知れぬだろうが。」
 「……っ。」

久蔵が鈍感だとは言わない。
くどいようだが、七郎次に関することへと限っては、
ずんと気のつく繊細さを発揮しもする青年であろうが。
そこが若さゆえの一本気と言いますか、
搦め手や錯綜というものがあるということ、
知ってはいても自らの近辺へ敷くまでには至らず、
繰り出すなんてとんでもなくて。

 「…鈍くてしようのない主に仕える身だとした方がマシだと?」

せめてもの憎まれか、ぼそりとそんな言いようをする青年へ、
深色をたたえた目許をますますのこと細め、
くつくつという余裕の笑みをこぼした勘兵衛。

 「至らぬところもなくては、可愛げがなかろうよ。」

何でもこなせる不死身の鬼神…でいるのは、
あくまでも務めの上でだけ。
日頃は、多少ほど気の利かない存在であった方がよかろと、
ぬけぬけと言う壮年殿であり。
そこへ、

 「勘兵衛様、久蔵殿。」

キッチンから戻って来たのが、俎上にのってた当のご本人。
今宵は少し冷えますので、
勘兵衛様には蔵出しのいいの、燗をつけましたよ?
久蔵殿には、アンブロシアのティラミスを。

 「ハロウィンが間近いからですか、
  カボチャ風味なんですって。
  一緒に味見と参りましょうね?」

ほこほことそれは他愛なくも、
涼しげなお顔で微笑っているおっ母様なの、見るにつけ、

 「〜〜〜。////////」

勘兵衛にやすやすと切り返されたのへ、
カチンと来た不機嫌もどこへやら。
済んだことだし、何だか もういいやとでも思ったか、
ソファーから立ち上がると、
テーブルへ銚子や茶器やら用意を並べる七郎次の、
お手伝いを始めてしまう次男坊だったりし。


  ―― すみませんね。
     (ううん。あ、これロウソクもついてるの?)

     ええ、お店のお嬢さんが
     何故だか付けてくれましてね。
     (お誕生日のケーキでもないのにね。)

     そうなんですよぉ、どういう勘違いなんだか。


……なんでまた話が通じるんだか。
木曽の高階さんにも負けてないぞ、おっ母様。
勘兵衛様が“儂にも判るような会話をせよ”と、
困ったような苦笑をなさるまで、
延々と不思議な“やり取り”は続いたそうで。

 そうそう、先だっての学園祭での勇士、
 木曽の支家の方へもディスクに焼いて送っておきましたよ?
 え? どうしてかですって?
 だって、ツタさんや何だかお元気な坊やが見たいと仰せだったので。
 素敵な騎士さんの役だったじゃないですか、クラスのお芝居のほう。


   窓の外には真珠色の望月。
   晩秋の宵は静かに静かに更けてゆく……




    〜Fine〜  09.10.18.〜10.20.


  *微妙に『つれないあなたと秋の空』の、
   付け足しというか続きというか。
   憎い奴の陰に怯え、挙動不審だったシチさんを、
   島田さんチ側ではどう把握してたのかなということで。
   そこはやっぱり年の功ですね。
   まだまだ勘兵衛様には敵いませんです、久蔵殿。
   大ダヌキに勝とうだなんて、百年早いです、はい。
(苦笑)

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